FILM 1/30e No.7 2000年11月発行
訃報 マーク・ディビス氏死去

2000年2月12日の夕方、ロスのグレンデール記念病院で、マーク・ディビス氏が死去されたとのことです。
彼はディズニーの最も有名なアニメーターの一人であり、ディズニーランドなどの開発でも中心となった偉大なアーティストでした。
ナイン・オールド・メンの一人として、シンデレラ、オーロラ姫、クルエラ・デ・ヴィルなどを創造し、ランドのためには「カリブの海賊」などをウォルトの片腕となってデザインしました。
アニドウは深い哀悼の意を表し生前のご厚情に深謝いたします。
訃報 小松原一男さん亡くなる

日本のアニメーションの頂点に立つアニメーターとしてますます円熟した仕事を連発するはずだった才能が突然失われた。メーテルやナウシカの作画者としての公の評価とは別に、僕にとってはオープロ時代の直接の上司であり、追いつけない才能のしながら掘りはすぐそこにいるというとても身近かな先輩であったから、通り一遍の惜しい人を亡くしたという以上の複雑な気持ちにさせてくれる。
日本のアニメーションの頂点に立つアニメーターとしてますます円熟した仕事を連発するはずだった才能が突然失われた。亡くなったという第一報を受けて直ちに故人の略歴と作品リストを新聞各社へファクスで送った。森やすじさんの時もそうしたように、そんな作業に時間を過ごすが救いといえないこともない。
翌日の主な新聞にはすべて訃報が掲載された。中には「監督ではないから」と難色を示す社もあったが、作品リストを送った後では当然のようにすぐ掲載が決まった。
葬儀の際にはオープロのOBとして手伝わせていただいた。多くの献花、300人を超す関係者の参加で立派な告別式も終わったお清めの席上でナオ子夫人からオープロ社長村田耕一に「偲ぶ会」開催の依頼があった。故人は普通の葬儀ではなく仲間が歌って飲んで送ってほしいという遺志を持っていたという。
すぐさま準備に入り、交渉の末に小松原家・オープロ・アニドウの三者共催による「小松原一男のアニメーション」が6月19日から約1週間開催された。
フィルムによる作品上映を中心に(なんと32プログラム/無料)、原画展示、毎日のスタッフ・トークショー、友人・弟子など入り乱れてのレセプション、そしてカラオケ大会と多彩な内容を持つ催しとなった。
上映プリントの使用と著作権関係の処理をお願いした高見プロデューサー、忙しい中をかけつけてきてくれたゲスト諸氏の無償の協力には、いかに故人が信頼され確固とした仕事の結果を残してきたかを思い知らされた。
主な上映作品は「宇宙海賊キャプテンハーロック」「がんばれ元気」「UFOロボ グレンダイザー」「タイガーマスク」「銀河鉄道999」「ゲッターロボ」「マグネロボ
ガ・キーン」「超人戦隊バラタック」「銀河旋風 ブライガー」「吾輩は猫である」「はれときどきぶた」「デビルマン妖鳥死麗濡編」「風の谷のナウシカ」「ユンカース・カム・ヒア」...などなど。
ボランティアスタッフやコスプレで参加してくれたファンの人たちを代表してピエール・ジネル氏に感謝しておきたい。彼はゲストに出たばかりでなくカラオケ大会でもフランス語で歌ってくれたうえに、フランスのアニメ雑誌「Animeland」でも追悼特集をくんでくれた。会期中なみき会長はその功績に対し、彼に「円盤獣ピエピエ」と言う名を授与したものだ。彼は喜んだ、と思う。
ちなみに第1回小松原杯争奪と名付けられたカラオケ大会の優勝者はハワイから急遽帰国した金田伊巧氏であった。自信満々のなみきはそのパワーに敗退。追悼にはふざけた企画だったが、故人を偲ぶにはこれ以上のプランはなかった。出場者の熱気で「伝説」というべき熱い夕べになった。
関係者の多くから「画集」の出版を望む声があるが、財政難のアニドウでは現在明確な答えを出せない。小松原さんの仕事が形となって残らなくていいはずがなく、それはアニドウがやるべき仕事とは思っているのだが。
小黒祐一郎氏のくんだアニメージュの特集を除いては、追悼の言葉もない各アニメーション専門誌を見ると、現在のアニメファン層というものに懐疑的にならざるを得ない。単価を妥当な値段に下げるには2,000部制作しなくてはならない。売れるかどうかという心配ではなく、はたして小松原さんの仕事を評価できる確かなファン・プロが今の日本に2,000人もいるのだろうか。
アヌシー’99は日本の大特集だった!

遅くなったご報告ですが、昨年の5月31日〜6月5日に開催されたアヌシー国際アニメフェスティバル(仏)は思い出深いものとなりました。
75年に初めて参加したときは所持金が数万円という貧乏旅行でパンとミルクだけの毎日でしたが、今回は国際審査員として錦を飾ることになったのです。隔世の感とはこれでしょうか。
もっとも75年にはほとんどのプログラムを見た満足感がありましたが、今回は番組も数倍に増えている上、審査員としての会議があって審査対象のプログラムだけを見るに止まりました。午前中に長編を1本、夜に短編(自主制作部門)コンペを1プロ見て、その間をほとんど合評会議で過ごしたので、興味のある他のプログラムはひとつも見られない結果となりました。
国際審査員として討議した五人は下記のメンバーですが、極端な意見の相違もなくあっさりと各賞を決めることが出来て満足した審査会でした。これはみな同じ感想だったらしくて、お互いに今後の協力を約して別れたのです。早速僕はこの四人を写真集Animated
Peopleに登場させました。
今回のプログラムの中で中心となるコンペティションの部門では、5つの長編、41の自主制作作品、53本の学生作品、37のテレビ番組、46本のスポンサードフィルム(委託制作)が各賞を争ったのです。結果は、グランプリが「ある一日のはじまり(目覚めの時)」When
the Day Breaks,
審査員特別賞は「地球の果てで」At the Ends of the Earth,
技術優秀賞は「ハムドラム」Humdrumと「ジョリー・ロジャー」Jolly Rogerというように僕のテイストの作品が気持ちよく並びました。
全て広島でその後上映されましたので、ご覧になった方は納得していただけるのではないでしょうか。
さて、年々肥大していく映画祭の新機軸として二年に一度、招待国という名でスポットを当てる国を特集していくこととなったそうで、その最初がこの年の「日本」特集となりました。
会場のロビーにはあやしげな鳥居のディスプレイとアヌシーのシンボルマークのボールを頭にした竜のようなものが飛んでいました。どうみても、中華街の出来損ないですが、なかなか遠い国だなあと思わせます。ボールの目のつり上がっているのがぼくは好きですがね。公式カメラマンが日報に載せる僕の写真を撮りに来たので、目をつり上げて写してもらいました。木下小夜子さんが知ったら国辱ものと怒るでしょう。申し訳ないことです。
大会初日のオープニング上映も「もののけ姫」が飾りました。超満員の大ホールでいささかドレスアップした人たちの熱気におされて、途中で失礼する機会を逸し最期まで見てしまいました。これは特別上映なので審査外なのが残念です。
「カリオストロの城」の野外無料上映も行われ、ついでに「ニモ/パイロット」も再度上映しました。簡単な大塚さんの挨拶に続いて真夜中近くまで上映していましたが、ホテルの窓を開けると、木立の中にスクリーンが見えて不思議な感慨にとらわれます。1975年には考えられなかった出来事が起きている感があります。
長編アニメにエントリーした「人狼」は、日本語+フランス語字幕という観客には良い条件だったけれど、審査員は三人が仏語だめなので、英語の同時翻訳を無線でうけることになった。ちょっとハンディだったし、無線の調子が悪くて雑音がひどくてみんな聞くのをあきらめてしまった。隣の僕にせりふを聞くのだけれど、ぼくだって初めて見るので、わかりゃしない。だからというわけではないが、長編のグランプリは「キリクウと魔女」に異論なく決まりました。ストーリーの楽しさがありますからね。なんでも仏ではひさびさのアニメのヒット作だとか。「人狼」は良くも悪くも現代日本でとても評価できる作品だけれど、年寄りの僕にはつらいし、ペシミスティックな心情も全く理解できません。作画はいかにも大変というカットがあったけれど、うまいと思ったのは女の子が壁にもたれるようにかがむ所が印象的でした。たぶん、僕が時代遅れなんでしょう。
持参した日本の古い漫画映画の特集(1920〜60年代)はまあまあの反響というべきでしょう。「こねこのスタジオ」が大好きという人が数人いたので個人的には大満足でした。
他の上映プログラムには、手塚治虫作品特集やNew imagesと特集で、「バベルの本(山村こうじ)」、「ハッスルときたまくん(森本晃司)」、「くじらの跳躍(たむらしげる)」などに混じって「この星の上に」も上映されました。本当はコンペに入れてほしかったんですが、自分で審査することは出来ないので、お邪魔のようでしたが入れてもらったのです。
この他「となりのトトロ」もあり、「アルバトロスの翼」「パンコパ」もあり、日本の短編1966-84で、「あれはだれ?(岡本忠成)、「メイド・イン・ジャパン(木下蓮三)」もあるなど、まさにかつてない日本アニメのオンパレードでありました。
アニドウコレクションの展示は、大中ホールの真ん中にある人通りの一番多いギャラリーで、一番いい場所で、会期の二日も前から現地入りしてマット作りやら、解説プレートの準備をした甲斐があったというものです。一番働いたのは、イラン・エングイエン氏ではありますが。
政岡憲三先生、森やすじ先生の原画など40点に加え椋尾篁さんの原画も10点ほど展示することができました。故椋尾篁さんの夫人圭子さんも参加されました。
このギャラリーの空間で、何度か大塚さんともどもマスコミのインタビューを受けました。なかなか良いセットになったようです。審査の間をぬってここで遊んでいると、エミール・コールのお孫さんとか、エスピーニョでお世話になった事務局のクリステーナさんとかいろんな人が来てくれて、真剣に見てくれました。
その中に今度はぜひ自分の国で開催してくれという申し出が数件あり、適当に聞いていたら、今年11月にアイルランドに持っていくことになりました。うれしい反響のような、またもめんどうくさいことを強要されているような心境ですが、頼まれる内が華だと思い、いろいろな刺激を今で
「カリオストロ」のカーチェイスの原画もパラパラできるように展示され、興味を引いていました。4組ほどの原画は、大塚さんの修正も入っていて興味深いものですが、あちらのスタッフがつくったコピーがバラバラでタップがあっていなかったので困っていたら、大塚さん自らが窓に原画を押し当てて合わせてくれたのです。なにしろ作画監督だから手早いこと!
最初は本物をそのまま展示するつもりだったのですが、万一を考えてコピーに、と言われて制作したのです。最終日に見ると1組が盗まれていました。結婚式でルパンが仮面をとって正体を表すとその首にクラリスが喜んで飛びつく、という良い場面です。ルパンの本国だからしかたないと思いつつ、怒りがこみ上げてくるのです(コピーでも)。
ゴーシュ、DVD発売!

きれいなネガテレシネの画面と、ロング・インタビューを組み合わせたスペ・コレ仕様のDVDとして、パイオニアLDCから発売されました。
インタビュー部分の制作はアニドウ。その演出はなみきですが、ジャケットでは「構成」となっています。何故かというと高畑さんのすぐ下に演出の肩書きはつけられないとの遠慮からなのです。
7,800円は高いと思われる諸兄もおられるでしょうが、価格だけのことは盛り込みましたので損には感じられない自信があります。
封入されたパンフの書き下ろしイラスト(才田俊次)も、ちょっと「ちびまるこ」が入っていて楽しいものです。
インタビューの米倉紀之子さん(昴)は、注目の新人女優で舞台で活躍中ですが、今回自然な好奇心を発揮してくれて語り手をうまくリードしてくれました。なみきは惚れています。
しかし、なんといってもこの商品完成のキーパーソンはLDCの担当小穴勝幸氏でありまして、彼はなんと高校時代にオープロ発売の第一次ビデオ(ベータ)を購入しているファンでした。その熱意で今回このように魅力満載の8大要素のゴッタ煮ソフトが出来たのです。改めて感謝を捧げます。
おかげさまで静止画面のメニューからジャケット、レーベル、パンフレットまで気に入ったものが出来ました。なにげない商品化の陰に様々な人の努力があるのです。買いましょうね!
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