片山雅博 HIROAKI KATAYAMA 


Katayama

  1955年2月7日東京・板橋区常盤台に生まれる。幼年時代はウォルト・デイズニーとアメリカのTVアニメでアニメーションの素晴らしさを知り、少年時代は黎明期の数々の国産TVアニメーションに多大な影響を受ける。とりわけ巨星手塚冶虫の作品との出会いはその後の人生を決定した。
 20歳すぎから新間・雑誌に慢画・イラストレーションを発表する傍ら1978年から1990年まで社団法人日本慢画家協会事務局に勤務。
参与(事業担当)として、「日本慢画家協会賞」「マンガ博覧会」「現代日本慢画展INポーランド」「手塚冶虫夢ワールド」「アセアン漫画展」「手塚治虫展」(東京国立近代美術館)等数々の漫画イベントをプロデュースしつつ、手塚のアニメーションの足跡を綴ったドキュメンタリー映画「フィルムは生きている」の構成・脚本・編集・演出をするなど、多彩な活動で業界に知られる。
 アニメーション界にあっては、1979年からプライベートアニメーション制作集団「グループえびせん」に参加、リーダー・シップを発揮することに始まり、1987年には広島市主催「第2回広島国際アニメーションフェスティバル」のフェスティバル・ディレクターを務め、同年アニドウが主催した「和田誠・アニメーション・ワンダーランド」をもプロデュースした。  現在飽くことなく、漫画・イラスト執筆活動を続け、漫画・アニメーションに関する講演やイベントのプランニング・司会等のマルチ括勤を行っている。
 両業界それぞれに“「司会」もするイラストレーター”としてその名声は極まりない。

 現職は、多摩美術大学教授、日本アニメーション協会理事事務局長、創形美術学校グラフィック・デザイン科非常勤講師、徳島アニメーション学校講師など。
 出版では「ビートたけしの幸か不幸か」(ニッポン放送出版)「映画をあつめて」(平凡社)「星を喰った男」(パンダイ)等多数の装丁やイラストレーションを担当。近刊の「アニメーテッド・ピープル」(なみきとの共著/アニドウ・フィルム刊予定)では、100枚以上のイラストレーションを発表する予定。


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