アニドウの歩み 1967〜1969
STEP BY STEP AS LIKE FRAME BY FRAME


1966年 (昭和41年)
当時、東京大泉の東映動画スタジオでは、長編制作が終わると完成祝賀パーティとしてアニメーション祭りが労組の主催で行われた.それはときに仮装パーティと化し、愉快な一時を過ごしていた。
この催しに関してガリ版刷りの「アニメ祭りニュース」が発行されているが、アニドウの「アニメだより」の前身とも言えるかもしれない。(ガリ版切りを同じA氏が担当している)

toeimaturi バレエを踊るもりやすじさん

 「第4回アニメーション祭りが11月6日に行なわれた。これは東映動画の労組が主催するイベントで、この時は虫プロ、東京ムービー、その他のプロダクションに呼び掛けられ日頃みんな忙しくて交流もないところから秋の一日歌ったり踊ったり寸劇を見て交流をはかろうということになった。しかし、この祭りに参加した東京ムービーの畠山さんが首を切られることになった。」 [作製=半田(片野)福子/発足資料より]


1967年 (昭和42年) アニドウ発足 (4月13日)

 「アニメーション祭りに参加したことで首を切られたニュースはアニメ界にショックを与え、これからもっとアニメーションの仲間と各プロダクションの交流がほしいとの声にのり、東映、Aプロ、Pプロ、TCJプロ、東京ムービー、虫プロなどから各1〜2名が集まり、この日4月13日正式に《アニメ同好会》が発足しました。」 [〃発足資料]より]

上映会

 「第5回アニメーション祭り(東映動画)にアニ同として初参加する。去年のことがあったので東映動画の世話人の方にきてもらい何回も話し合い各プロダクションの名ではなくサークル、アニメ同好会という事で参加することとなり、出しものはヒゲという詩の朗読でみんなヒゲをつけて舞台に上がり、Pプロの伊藤さんが詩を読みました。11月23日。」 [〃発足資料]より]


1968年 (昭和43年)

yabunirami 「やぶにらみの暴君」

上映会

出 版


1969年 (昭和44年)

上映会

出版



					
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