古川タク TAKU FURUKAWA

略歴

1941年、昭和16年 太平洋戦争が始まったその年、三重県上野市に三人兄弟の末っことして生まれる。戦後の混乱期をへて起こった第一次マンガブームの中で、漫画少年として育ち1960年安保闘争で騒然としている中、大阪外語大学イスパニア学科に進学、グリークラブに入会し歌い、スパニッシュギター・クラブを創設。女子美を出た姉の影響でイラストレーションにますます興味を覚え、学内で音楽をモチーフにコミック・スケッチを描いて個展を開催。

卒業を控え、面接にいったアニメ会社TCJでそのまま研修となり、在学中のまま「鉄人28号」のスタッフに加わり数カ月在籍の後大阪へ戻る。たまたま梅田の映画館でみた久里洋二のアニメーション「人間動物園」を見て再度上京し、おしかけ弟子となる。大学卒業後、正式に久里実験漫画工房のスタッフとなり「ひょっこりひょうたん島」のOPアニメのアシスタントなどを努めるが、三年後退職。 独立してからは、イラストレーションで活躍しつつも、絶え間なくアニメーションを製作・発表し続け、特に「驚き盤」「スピード」などは国内外でさまざまな賞を受賞してアニメーション作家としての評価も高い評価を受けるに至った。現在、アニメーション、イラストレーション、漫画の分野での活躍にとどまらずオブジェやペインティングアート、デジタル・コンテンツなどの幅広い創作活動に取り組んでいる。


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